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2013年3月17日日曜日

今考えていることをつれづれ書いていくシリーズ 〜生徒指導〜

生徒指導ほど、僕が書きたくないものはありません。笑

生徒指導できる自信はあまりないです。それには二つ理由があります。

一つ目の理由は、大学で学んだ感じがしないこと。(これだけで僕が不真面目だったのがばれますね笑)

二つ目の理由は教育実習での経験です。

中学校での実習では、先生にとてもお世話になりました。とても良い先生で、ある程度の必要な手綱をひきながら、ある程度自由にさせて下さいました。

しかし、書きづらいですが、その先生はあまり子ども達に好かれていませんでした。

もちろん、子ども達に好かれればいいのではありません。子ども達に嫌われようが、正しいことはきちんと説き、時には大声で叱る必要もあります。

しかし、同時に子ども達に嫌われては、その伝えたいことを知らんぷりされてしまうのでは、とも同時に懸念してしまうのです。

愛情を感じさせる、全力でぶつかり合える教師であれば、そのような歪曲した懸念もなくなるのかもしれません。


***

4年生の前半、ある中学校でボランティアをしました。また、小中高全校種で短いですが教育実習を経験しました。

それらの経験で、いくつか生徒指導の「スキル」のようなものも学んだ気がします。

そしてそれらに共通するのは、

喜怒哀楽をはっきり見せること

です。

子どもは何を考えているのか、どう感じているのかはっきり分かりやすいと安心できるし、ついていきやすいと思います。

そういう点で、はっきりと感情を表せることは一つ重要だと思います。

発達段階に会わせた指導や、子ども達に考えさせることなど、他にもたくさん大事な生徒指導のポイントはあると思います。

これから実際の指導で考えていかなくてはならないと思っています。



あとは、自分が今までどんな経験を人生で積んできたか、というのもとても大きな要因なのではないかと思います。

どんな人間になれているか。

こればっかしはもう改善の機会も少なくなってきているのですが笑

2013年1月8日火曜日

今考えていることをつれづれと書いていくシリーズ(文法指導)


①枝葉よりもまず幹をしっかりさせる

文法指導に関して、僕が高校から大学に入る頃に一番考えていたことは「枝どころかその先っぽの枯れ葉みたいなことに気を取られているのでは」ということでした。

先生側としてはそのような意識はないかもしれません。

しかし、僕の意識の中にはいつも「コラムや注に書いてあるようなことがテストできかれる」という思いがありました(これは僕が愚かなくらい満点を狙っていたためもあるかもしれません。また幸運なことにぼくはそこまで時間をかけずに基本が分かってしまういやらしい生徒だったとも思います)。

つまり、テストに出るのは大まかなところよりも寧ろその例外にあたるものだ、と思っていた訳です。

大学に入って英語を話す、聞く機会が増えてくると特に上の気持ちが強くなっていきました。

なぜなら読み書きに比べて、話し言葉では更に細かなところに気を使わない(使えない)からです。

細かな「例外」等よりも、まず先に大まかな「基本のルール」にいかに習熟しているかが大切だと感じた訳です。

自分は教師としてまず基本のルールをしっかり習熟し、そして例外は注意事項としてその後で学ぶことを考えさせたいです。

これは前回のポストの「波及効果」にもつながるところだと思います。
基本的ルールにきっちりと習熟していることで大部分の点数がとれるような試験を作ることだと思います。


②教育文法

これも大学で学んだ考え方で、教育文法があります。

文法の学習が第二言語習得そのものなのではなく、文法指導は第二言語習得の補助をするものである、という考え方だと理解しています。

外国語環境だと、どうしてもインプット量がすくないです。

本来インプットの中で気づいて習得していくものである文法にも、気づきが生まれません。

そこで暗示的に、もしくは明示的に教えていくことで習得を促進させようとするものだと考えています。

日本は英語のインプットを自然に大量に浴びることは難しい環境だと思います。

したがって、文法指導をバランスよく取り入れ、インプットを取り込みやすくすることが大切だろうというのが、僕の今の考えです。

きれいごとではなく、「文法指導はコミュニケーションの基礎となるもの」にしていく必要があると思います。

2012年12月29日土曜日

今考えていることをつれづれ書いていくシリーズ(テスト)

テストといえば波及効果、というほど、この言葉好きです。






波及効果。I love 波及効果.







そして、良い波及効果を生み出せるようなテストを生み出すことがまずテストの第一条件だと思うのです。








そして、そのためには教師として生徒にどういった能力を身につけて欲しいのかをしっかりと想定することが第一だと思っておる次第です。








本日は以上でするん。

2012年12月22日土曜日

今考えていることをつれづれ書いていくシリーズ(小学校英語)

小学校英語は、賛否にかかわらずもう導入してしまった制度です。

よって、

Just try to change it for the better.

というのが今ぼくが考えていることです。



僕は小学校で勤務したことも、これからすることも多分ないです。

従って、小学校でどのように教育していくのが良いかもあまりイメージできてません。

また、実はこの視点がしばしば見失われがちな気もします。

「英語教育」的観点から小学校英語をどうしていくかも大事ですが、

「小学校教育」的に小学校英語をどのようにしていくか、という視点を大事にすること、小学校の現場の声を大事にしていくことが今以上に必要なのではないでしょうか。



ここからは僕のとてつもなく個人的意見なのですが、

僕は小学生には「自分の信じるものを正しいと思う心」を一番育てて欲しいです。

論理的思考力とかは中学生にあがってからの教科教育で割と養っていけるものだと考えるからです。

また、価値判断の直感あっての論理的思考だとも思うからです。

そのことを考慮すると、小学校の英語で

「コミュニケーションにおいて互いのことを気遣う」

などの言語を超えたコミュニケーションの仕方みたいなところを

中高より「強調」することは妥当な気が、個人的にはします。

別に「目標」ではないかもしれませんが、

教師が「特に留意しなければならない点」ではあるんじゃないかな、と。



なんか中身空っぽな抽象的な感じ満載になってしまいましたがこんなかんじで。。。

2012年12月11日火曜日

今考えていることをつれづれ書いていくシリーズ(心に残ったネタ)

予想通り更新が滞っています。ふふふ。

故に今日はミニマムな投稿をします。てへへ。




①Read and Look Up

いわずもがなな定番ねたかもしれません。

しかし、僕はこの手の発展的な音読をしたことがなかったので、とっても新鮮に感じられたネタです。

実習先でも生徒にまねされました笑


②帯活動

これはビデオ撮影で北海道の大塚先生から初めて教わった活動方法です。

全教科に通づる実践のようですが、とくにスパイラルな授業とか2度目3度目の出会いとかが協調される英語教育では、良い復習機会として重宝されるべきかなと思います。

最近ではシリーズ的に段階的に進めていく帯活動の実践というか試みもききます。

僕も帯活動の可能性を広げていきたいです。

しかし、まずはやはり定期的な繰り返し、復習として帯活動を使いたいですね。


③速音読からのリスニング

これもビデオ撮影の際に順天中高の和田先生がされたもので、私も実際に体験しました。

速音読からリスニングがとっても遅く聞こえるのにとても感動したのを覚えています。

むやみな速音読は危険ですが、うまく活用できる教師になりたいです。

ちなみに同先生がなさっていたジェスチャーを交えたリプロダクション活動もかなり面白かったです。


④フォニックス

これも目から鱗でした。

批判もありますが、体系的に生徒に発音とスペリングを教えられるので、僕はかなりの生徒に有効なんじゃないかと思っています(思ってるだけです笑)。


⑤Englishあいうえお

大東文化大のしずか(漢字変換できませんでした。。。)先生の考案された発音教授法です。

最初見たときは正直、ぎゃぐだ、と思いましたが、それもこの教え方の一つの魅力ですね。

そしてなにより、生徒はかなり取っ付きやすい気がします。


⑥和訳先渡し

これも同僚問題が気になりますが、是非やりたいです。

個人的に、文を読み取ったときの快感というか、やった感が好きなので、それに抵抗のある生徒もいそうですが、結局は先生方がいっているように「余った時間でなにをするか」なのでしょうね。

そこで「解読」(あまりこのフレーズ好きじゃありませんが)をやることもできるのでしょうし。

うーん多分。




新しく買った帽子がかわいすぎて興奮気味の僕でした。

2012年11月26日月曜日

今考えていることをつれづれ書いていくシリーズ(Speaking指導)


「日本人は英語がしゃべれない」というのは良くいわれることです。
その是非に関わらず、今多くの人が英語スピーキング能力の向上を望んでいるように思います。
したがって、このことについて書いておくことは大切だと思い、今つらつらと筆を進めています。




僕は大学時代、ずっとESSという英語サークルに所属してきました。
僕の大学のESSは多分他の大学と異なっていて、スピーチセクションやディスカッションセクションに分かれておらず、ただただ英会話を楽しむサークルです。
そんなこともあり、英語専攻であることもあいまって僕の大学4年間はほぼ全て英語力、とりわけスピーキング力の向上に注がれてきました。




そこで僕は、スピーキング力は大学から集中的にトレーニングすることを提案します。
自分自身は英語専攻なのでこのようにいうのは適切ではないと思います。
しかし、他大学や他の専攻の人たちが、自分たちで危機感やモチベーションをもってスピーキング力の向上に取り組んでいる姿を見てきましたし、そういった人たちの英語力は意思疎通が可能なレベルでありました。
本当にそれが必要な人たちの上達は、速いし伸びもあります。
一方で、多くの「英会話がうまくなりたい人たち」は、憧憬の感情だけのような気がしています。
「英会話がうまくなりたい」と「英会話力が必要」は全く別次元であり、僕はスピーキング能力は後者だけトレーニングすればいいのではないかと思っています。




「英語教育大論争」という論争があったようですが、私はあの論争で、「英語は限られた人たちだけに集中トレーニング」という考えが好きです。
何故なら、義務教育においてなされる教育は万人が使う知識・技能だけでいいと思うからです。
英語は確かに今や避けては通れないものだと思います。
したがって「英語は限られた人に・・・」とはいいませんし思いません。
しかし英語のスピーキングはどうでしょうか。
ぼくは英会話やスピーキングをしないと生きていけない人間なんて、一握りだと思います。





従って、高校までの英語は今まで以上にインプット多量でいいのではないかと思っています。
しかし、インプットだけではインプットの質が上がりません。
簡単にいうと、英語を浴びても生徒達は覚えないでしょう。
「馬の耳に念仏」です。
したがって、「それを自らも使う」と思わせることが必要です。
そのために、生徒達に表現活動をさせたりライティングをさせたり、アウトプットの指導をするのだと思います。
スピーキング指導もここに位置して、スピーキング自体の完成度の目標は設けない。
生徒が英語の楽しみを感じモチベーションを維持する場、またはインプットの質の向上のため、と位置づけるのはどうでしょうか。






ライティングは、比較的高校生まででもやりやすいでしょう。
スピーキングと違い、即時性はないし、なにより成果物が残るため正確さの点検も比較的容易です。
正確です。最低でも正確にできる可能性が高いです。
しかし、スピーキングだとなかなか生徒の正確性を上げるのが困難に思います。
少なくとも現状の40人体制ではかなり難しいです。
従ってアウトプットの完成度はライティングで上げればいいと思います。
高校でその土台を作ること自体がそもそも大変ですが、ここができてくれば、それをスピーキングに繋げることは可能だと思います。
少なくとも「英会話が必要」な人が一定量のトレーニングを積めば可能であると僕は思っています。





僕の結論としては、英語スピーキング能力って一部の必要な人が大学などの環境でやればいいのではないかな、というものです。
そして、中学校・高校ではスピーキングは機会として設けるが、スピーキング能力自体の向上は求めない(発音はのぞく、発音トレーニングは必要)。
もしかしたらそれでも「中学校・高校の英語の授業でもっとスピーイングの指導もしてくれてたら・・・」と思う人もいるのだろうと思います。
その人たちには、上の理由で納得してもらうしかないと、今の僕ではそんなことしかいえません。
もしくは、お金がかかる英会話スクールとかではなく、公共の施設として気軽に英会話が楽しめる場が増えればと思います。
中学生や高校生のみならず、大学生や社会人にとっても。
幸せなことにそういった取り組みをしている団体を僕は知っています。
すばらしいと思っていますし、今後このような取り組みが増え行けばと思います。




こんなところで第一回は筆を置きます。
もう既に僕の考えってこんなもんかと首を吊りたくなっているのですが、続けます。
多分僕はMなのでしょう。初めて知りましたが。

2012年11月21日水曜日

今考えていることをつれづれ書いていくシリーズ(目次)

去る6月、応用教育実習中に、担当の先生がご自分のことについて話して下さいました。

先生が教育実習生だった頃の授業案をご覧になったそうです。

そして、ああ、今の自分の授業の片鱗、やりたい授業が垣間見えるなあ、とお感じになったそうです。



初心を忘れないようにすることが大切だと思うので、その「初心」をここにしっかりと記しておきたいと思います。

今自分の中にある考えを書いていこうと思います。

ある意味自分の主観をさらけ出す形なので、とても怖いです。

まだ学部生で現場をほぼ知らない自分が何を考えていられるだろうとも思います。

しかし、このように簡単に公衆に考えをさらけ出して鍛錬していくことができるのは、とても幸運なことだと思います。

今回はそのリターンを求めて、自分の考えをありのままに書き出していこうと思います。

また、自分の考えを自分で立てるためにも、権威のある人の考えをサポートにすることはしないようにします。




以下の要領で毎週月曜に更新していこうと思います(全10回):

①スピーキングの指導について

②心に残った小ネタ・大ネタ集

③小学校英語について

④テストについて

⑤文法指導について

⑥イマージョンについて

⑦生徒指導について

⑧まだ分からない、自信のないことについて

⑨番外編(ディベート思考)

⑩番外編②(正しい理論より幸せな理論)





無知で未熟な私ですが、誠心誠意綴っていこうと思います。

皆様からご意見ご感想、ご教授等を頂ければ幸いです。


ちなみに第一回でなにを書くかまだ考えてません。そう、背水の陣作戦です。

2012年6月11日月曜日

教育実習一日目の悲劇

こんばんは。


実は今日から教育実習だでした。


そして私は事前に英語Ⅰの授業案を2つ用意していました。


しかし今日指導教員の先生のご好意により、
Part一つに2時間かける
ということになりました。
(Partは一つのLessonを4つに分けたものです)


二つの授業案は晴れて御蔵行きとなりました笑

もちろん担当の先生が僕の研究授業を考えてくださって
ご配慮していただいたことには心から感謝しています。



ということで今日の問いかけは、
「Part一つに二時間使えたとしたら、何をしますか?」
ということです。


とても贅沢な悩みなのですが、ちょっと内容に悩んでいる今日この頃です笑

せっかく二つあるなら、皆さんならどのようにして有意義に使いますか?

2012年4月29日日曜日

ボランティア考察記①

最近、ある中学校と某所でボランティアを始めました。

特に中学校では授業の中に入り、ティーチングアシスタントとしてお手伝いをさせていただいています。


まだ始めたばかりなのですが、二つほど感じたことがあったので、ここで整理のためにも書いてみようと思います。




①生徒指導って難しい

まず最初に感じたのは、生徒指導って学校の色がでるな、ということでした。

ボランティア先の学校では、うるさい生徒がいません。
授業前は静かに着席して待っています。
これには他のボランティアの人たちもたまげていました。

そして授業のお手伝いをしていたときでした。
明らかに生徒指導担当の先生だな、という方が教室に入ってきて、少しけだるそうにしていた生徒に、「どうした」と声をかけていました。
私は中学生のときにこのようなことがなかったので、またびっくりしてしまいました。

学校の方針がでるというのは、きっとこのことなのだろう、と感じました。
どういった生徒を育てたいのか。それは、学校ぐるみで統一見解があるべきなのかもしれません。
そうでないと、生徒もどう育っていけばいいのか、混乱してしまうのかもしれません。
先生の価値観がでるところであるからこそ、きちっと芯の通った指導をしたい、と思いました。



②習熟度授業について

英語の授業は、習熟度別で行っているようです。
先日、中3基本レベルの授業のお手伝いをさせていただくことになりました。

そこで感じたのは、「中3という学年」と「生徒たちのレベル」との葛藤でした。
正直言って、音読もままならない生徒たちにこの教材をやらせなければならないのか、と感じました。
習熟度にしたところで、本当にその生徒たちのレベルに合わせた教授をじっくりすることは、現場では難しいのかもしれません。

さらに言ってしまえば、実はその習熟度集団の中でも、結構顕著なレベルの差が見られました。
それも、先生の対応をさらに難しくさせている要因かも知れません。





とりあえず、二つともまだ始めたばかりなので、僕も微力ながらできる限りのサポートをしていきたいです。そのなかで、こうして学びも汲み取っていければ、と思います。


ちなみに、外ではハエが飛んでいます。外で飛んでいるのに、僕の部屋の中まで羽音が聞こえてきます。まだ四月なので「五月蝿」くしてほしくないものです。

お後がよろしいようで。

2012年4月7日土曜日

個人的「〇〇人」論の恐怖

「グローバル社会」は、時代を象徴するような言葉の一つとなった感があります。
それとともに、四方八方で「〇〇人はこうこうな人種」といったコメントを聞くようになりました。(というよりむしろ大人になって周りに国際経験を積んだ人が多くなってきたからかな?)
確かに世界はどんどん小さくなってきているので、ある程度「〇〇人はこうこうだ」というイメージを各自持っておくことは大切かなと思います。
それを持っていないと、文化間でコミュニケーションの仕方や常識が異なりすぎて、摩擦を起こしてしまいかねない可能性があると考えるからです。これは個人的な経験も混ざっていますが。


ただ、個人的経験を過剰に普遍化するようなコメントもあり、少し怖いですね。
これは、インターネット上だけでなく、普段のカジュアルな会話等も同様に感じることです。


「〇〇人」の中にも当然いろいろな人が存在しています。
従って、個人的な経験のみで「〇〇人」を正しく抽象化することは、かなり難しいのではないでしょうか。


先日、友人が「〇〇人はうるさい」ということを言っていました。
どうやら旅行先で、路上で大声で電話越しに会話をする〇〇人が多かったと感じたようです。
しかし、それだけで「〇〇人」を語ることは、かなり尚早なのではないかと感じました。
なぜなら、彼の「〇〇人」に対する経験値は「旅行先」の「路上」に限定されるからです。


上の例は少し極端でしたが、しかしこのような論調は少なくないように感じられます。(これ自体狭い経験から抽象化し過ぎている例かもしれませんが)
人々の言動や振る舞いは、場所、気分、体調、話している言語等、多くの要素によって変化します。
それらの場面での彼らを全て含めて、「〇〇人」を語らなければ、失礼だと私は思います。
さらにいえば、もっと大人数のサンプルを、幅広いバックグラウンドから選び、その人たちの特性を調べることが、「〇〇人論」の要件であると思います。


グローバル社会で、最も避けるべきなのは、文化間の摩擦だと思います。
安易な「〇〇人論」の発信は、残念ながら誤解を生むだけだと考えます。従って、各々の持論はもう少し節度を持って語られるべきではないでしょうか。

...という自らへの戒めでした。

2012年3月18日日曜日

一日一個金言運動

いつかやりたい。


僕が考える金言というのは、いつの時代でも誰にでも、共感されたり、納得してもらえたり、感動されたり、愛される言葉。
陳腐な表現だけど、「言葉の力」を感じさせてくれる。

* * *
大学一年生の頃は、特に狂ったように探してたなあ。
Future starts today, not tomorrow.
 とか、めっちゃ好きだった。


* * *
最近ずっと好きでデスクトップに使ってた写真には、
Everyone is a genius. But if you judge a fish on its ability to climb a tree, it will live its whole life believing it is stupid. 
という、金言メーカー(smaller命名)のEinsteinの暖かいお言葉。

* * *
最近、新しい本を買いまして、名前は「某ファーストフード店の本」という名前の本なんですが、
そいつは壁紙が欲しいというので、いい壁紙を探していた訳ですよ。


で、せっかくだから金言が入っているものを、って久しぶりに探していたんですが、


いやーいい言葉のオンパレードでした。


特に今回一番気に入ったのはこの言葉。
A candle loses nothing by lighting another candle.
自分はできているかな、と猛省しました。

* * *
金言にもいろんなタイプのがあって、
アナロジー的なもの、ユーモラスなもの、さらには文構造が面白いものとか音的に難しいものまで、様々。

ごった煮みたいになるのは怖いけど、それでも言葉の楽しみを感じて、例文暗唱の励みになればいいなあ。実践はまだちょっと具体的イメージがないんだけれど。

そう、あくまで目的は「例文暗唱」ですよ笑。

2012年3月11日日曜日

CEFR-Jのシンポジウムに参加しての感想

今日(昨日?)、CEFR-Jのシンポジウムに参加してきました。
9日と10日の2日にわたって行われたのですが、私は10日のみ参加しました。
シンポジウムの目標は、CEFR-Jの取り組みを多くの先生に知ってもらうことと、どのような意義や影響があるのかを伝えることであったと理解しました。
特に、参加した2日目はワークショップ中心で、どのような指導法が可能なのかが、CEFR-Jのレベル別に紹介されていました。


シンポジウムに出た(しかも片日参加)くらいでは、到底その取り組みを理解できた気はしませんが、それでも思ったことを整理するためにこの記事を書こうと思います。

* * *

①CEFR-Jのポテンシャル

最大の特徴は、やはり'Can-Do' statementとしての性格でしょう。
つまり、learner-centeredである、ということです。

学習指導要領は、「教師が」何をどのように教えるべきかという視点で書かれています。
CEFR-Jの'Can-Do' statementでは、「学習者が」何をできるようになるのかが記述されます。
CEFR-Jによって、生徒は自分がどのような能力を身につけたいのか、そのニーズを把握し伝えることができるようになると考えられます。
また、学習者は目標を明確にとらえ、その達成度を自己評価することができます。
これらの点において、CEFR-Jは学習者が自分の学習の手綱を握ることを助けることができるのです。

また、教師にとっては、CEFR-JのHorizontal Aspects、つまり能力の区分の多さにより、狭い範囲だけの能力だけを伸ばしていないか、本当に自分が養いたい力を伸ばせているか確認することができるという利点もあると考えられます。

-CEFR-Jの、考えられる今後の課題

これは今回のワークショップを通じて感じたことなのですが、まだまだ日本人学習者の実情にあっているか疑問をかんじます。B1やB2のレベルは、大学生でもほとんど期待できない能力であり、ましてやC1,2は、ネイティブスピーカーのレベルであります。
すると、実質pre-AからB1までが日本人学習者のあてはまる範疇と考えられます。
これでは、すこし区分けが少ない気がします。より一層の細分化が必要だと思います。

* * *

今夜はカフェイン取っていないためもう非常に眠いです。付け足すかもしれませんが今日はここまで。おやすみなさい。

2012年2月26日日曜日

外国語科の目標から「外国語を通じて」をとってみた

問:次の文を読み、この文は下の選択肢のどれに関するものか答えなさい

言語や文化に対する理解を深め、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り、情報や考えなどを的確に理解したり適切に伝えたりするコミュニケーション能力を養う。

a. 文化理解 b. 外国語 c. コミュニケーション d. 言語理解





特に解答はありません。ごめんなさい。

ただ少なくとも僕には外国語教育の目標にはみえません。
外国語という枠を外した、もっと大きな「コミュニケーション教育」にみえます。


* * *

上の文の最初に「外国語を通じて、」を入れると、高等学校学習指導要領外国語編第2節 目標の文言になります。

外国語を通じて、言語や文化に対する理解を深め、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り、情報や考えなどを的確に理解したり適切に伝えたりするコミュニケーション能力を養う。

こうすると確かに、外国語教育の目標っぽいです。「外国語を使って達成する」からだと思います。

しかしそう見えたとしても、僕は問題あると思います。
外国語を通そうがなんだろうが、身につけるべき技能とされているのは「言語文化理解」「積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度」「コミュニケーション能力」だからです。いずれも「外国語能力」という特定の能力ではありません。
外国語教育の目標なのに、目標の第一に「外国語能力」が出てこないのはやはりおかしいのではないでしょうか。

上の「目標」をみると、これを作った人たちは外国語教育を「色々なことを達成する万能ツール」と考えている、そんなように私には思われます。

* * *

因みに、個人的には外国語教育の過程で他国の文化理解や言語そのものに関する考察等を行うことは賛成です。
そういった要素は、外国語教育とはきっても切り離せない物だと思いますし、生徒たちの外国語学習意欲の向上にも資するのではないかと思います。

しかし、そういった第二言語学習の枠を超えた、またはそれと近接しているものの別個である要素が、目標に入ってしまうことは的外れのように感じます。
そうではなく、ある単元の教材のなかで、タイミング良く扱えそうであるとか、生徒の興味をひくことができそうな時に、積極的に扱えばよいものだと考えています。


学習指導要領は、つっこみどころ満載ですが、賛成・賛同するような文言も同様にある気がします。
権力批判はあまり好きではないのですが、面白そうだったので、ついかいてしまいました。。。



<参考>
文部科学省(2010) 『高等学校学習指導要領解説 外国語編・英語編』開隆堂



追記:指導要領は、最初にガイドラインとして何か提示した、というだけで勇気・価値あるものだと私は考えます。外の人は(私含め)外野からがいやがいや、いや、がやがや言いますが、それは最初に何かがあるからできるのであることが多いです。一からこういったものを作ることが難しいのは、大学の「中等英語科教育法(確か)Ⅲ」で経験済みです。

2012年1月16日月曜日

先生、どうやって英語勉強すればいいの?

遅れてしまいましたが、あけましておめでとうございます。
今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。

* * *

さて、センター試験が終わりましたね。
受験生の皆さんには、お疲れさまでしたと声をかけてあげたい。
あ、だからと言って電車で騒ぐのはやめて笑

そして、千葉県では高校の入試もぼちぼち始まっています。
僕も、塾で講師をしている身なので、この時期は本当にはらはらします。
3年目なのですが、未だに慣れません。


本当に慣れないんです。そんな自分がふがいなくもあります。
過去問を解いて、理想との差に愕然としている生徒。
彼らを目の前にして、何もしてやれないふがいなさ。
「先生、俺どうすればいいんだろ」
信頼にこたえられない歯がゆさ。
今までずっとその生徒を見てきたはずなのに、理想の学習法が提示できない。


それは、僕自身が断定するだけの自信・力がないからです。
様々な要因が絡み合っていて、どうにも全てを計算に入れて、「ハイコウシマショウ」といえない。
主な要因として3つ。
①その子の好きな学習の仕方・足りない能力(単語、リーディングetc.)
②時期に合わせた学習法(有能感の保持、過去問、基礎力etc.)
③志望校の問題傾向に合わせた学習法
単純に過去問で、と言いたいのですが、よしんば傾向をつかめたとしても基礎力不足でキャパオーバー。
そもそもここまでの僕の指導や生徒の学力を見誤っていたことも問題でしょう。


とはいっても、彼らのためにも、残りの少ない時間できるだけのサポートをしていくしかない。
反省はOK。でもウジウジ言うのはそれからにします。笑
もう二度とやらないためにも、とりあえず書いておきました。

* * *


さて、「英語教育」2月号の特集が、奇しくも「英語達人の学習法」でした。
あ、だから上のを書いたんですけど笑。こっからが本題です笑

まず個人的には、「脳内独り言」をしていらっしゃる人がいて良かったです。
僕も大学一年生のとき特に意識してやってました。先生方ほどストイックではないですが。。。
電車内でよく、"f**k" "s**t"って呟いてました。満員電車。。。笑


他に、3つ感じたことを書きます。

①人によって多様な学習の仕方
積極的に話す、「アウトプット中心」の方もいらっっしゃれば、とにかく読書量のもの凄い「インプット中心」の方もいらっしゃる。
そして、その学習の教材(内容)、具体的方法も人それぞれです。

恐縮なのですが、僕は特集に出ておられた方の英語力を誰ひとり存じません。
しかし推測するに、人それぞれ異なったと能力が特に秀でていらっしゃるのではないでしょうか。
それは、人によって違った英語観、それに付随した学習法であろうからです。

②人によっても変わらない部分
とはいっても、やはり達人の方々で共通している部分も見られたように思います。
抽象的な言い回しになってしまいますが、
- 自分の学習に対して自らがイニシアチブをとっている
- 他人に惑わされず、自分の学習法を貫いている
- 苦と感じるかはともかくとして、相応の時間と努力を費やしている。まさに「学問に王道なし」。
といった点にぼくは注目しました。
皆さんはどういった点に目をひかれたのでしょうか。

③一つのことから初めて、複数の学習法
みなさん自分の「根幹」のような学習法をお持ちのように感じました。
しかし、そこにはとどまらない。
例えば、関大の中邑先生は、とてつもない読書量を「根幹」にしながら、イギリスでは積極的に現地の人に話しかけていらっしゃる。
必ず、インプット・アウトプット等の観点で多様な学習法をお持ちでした。


まとめてみると、なんだかんだいって、当たり前のことを再確認したようにも感じました。

最近感じていることがあります。
「ダメな学習法はあっても、最良の学習法はない」ということです。

英語の歌がいくら好きだからと言って、英文法の勉強なしにいくら洋楽を聴いていても一生英語はできるようにならないでしょう。
いくら多量のインプットをしていても、聞き流しているだけで注意を向けなければ、学習の効果はたかが知れているでしょう(うちの父がそうです笑)。
よって、効果が上がらない学習法はあると言えそうです。

しかし、アウトプットをするのにいくら効果的だからと言って、全ての人が「脳内独り言」をすべきかといえば、否である、と考えます。
生徒によっては、頭で出てきても、結局声にできないからダメ、等の子もいるでしょう。
また、誰からもフィードっバックをもらえず、仮説検証に失敗する子も多いでしょう。
つまり、万能薬はありません。

それだけ、生徒に合わせた学習法の提示は重要だと思います。

* * *


こう考えてみると、今ぼくに必要なのはやはり、「手持ちのネタを増やすこと」なのでしょう。
そして、その手持ちのネタを、生徒に合わせて出してあげる能力。

今塾で、そして将来現場でやらなくてはならない大きな仕事の一つが、まさにこれなのではないかと思います。

2011年12月29日木曜日

JACET8000で遊んでみた

以前自主ゼミで、Genius English Course 1 Revised Lesson 8を使った時に
先生が、一気に単元の単語全部が導入できたらいいね、という趣旨のことをおっしゃっていた。

いやいやいやいやいやいやいや。。。
というのが、その時の正直な感想。

しかし某大学の某教授も推薦とのことだから(それは中学校の教科書全単語だっけ?)
割と真面目に考えることにした。
で、最近結構ずっと考えていた。


最初は、
セマンティックマッピングとかで興味を引き付けながら…
テストでるぞ!!みたいな活で…
チャンツを使って…
等々の案を考えていたのだけれども、

冷静になってみると、やはり全単語(本気出して)導入する必要はないのでは、と思った。
最高で半分くらいの量で済むのかも、とか。とても楽観的。
以下でそう思っている理由を書こうと思う。


サンプル単元として、上述教科書のLesson 8 "Ant Communication"を考える。
新出単語(ページ下にリストされているもの)は以下の通り:
rhapsody, trial, total, except, polar, species, exaggeration, march, procession, individual, secrete, pheromone, gather, companion, quality, guide, trail, chemical, creature, orient, warn, succeed, society, distinct, ancestor, sensor, prosper, hardworking, thus, successful, mainly, measure, quantity, conversation(レンマ数で34個)

さて、ここでいくつかのステップを踏む。

①全ての単語をdecontextualizeする必要があるか。
単語の導入となると、一般的にはリスト化して提示する等の方法が考えられる。
こういうのを多分decontextualizationという。多分。。。少なくともここではそう呼ぶことにする笑

しかし、Nation(2001)によると、そのような扱いは高頻度の語彙だけでよい。
逆に、低頻度の語彙は、Guessing from the context等のテクニックを使う機会とする。
ここで、この記事では高頻度語彙を、「JACET8000のレヴェル3以下」とする。
この基準で、「高校の教科書やセンター試験レベル」(相沢、2010)。
また、これ以上のレベルの単語は、とりあえず受容語彙でOK、とも言えるであろう。

さて、上の34のレンマのうち、レベル1-3に該当しなかったのは、
rhapsody, polar, exaggeration, orient, distinct, procession, secrete, pheromone, orient, distinct, sensor, prosper(12個)である。
この時点で、22個の単語が「本気出して導入」の候補に残留している。

②Word partsを使って楽に導入
22個の中で、
hardworking, mainly, successfully
の3つは、Word partsとしてなじみのある要素の組み合わせと考えさせると、楽に学習させられる。
つまり、これらもdecontextualization無しで良いかもしれない。(悪いかもしれない。。。)
残りは19個。

③カタカナ語からの導入
上の19語のうち、
trial, total, march, guide, chemical
の5つは、カタカナ語でなじみがある。よって、learning burdenは少ないと考えてよい。
したがって、他の語彙とは異なる扱いをすることになる。

上の①~③のステップを抜け、残った14個の単語が、Lesson最初の導入の対象語彙となる。

* * *

もちろん、上の論には相当問題がある笑
まず、JACETの3以下という設定が気に食わない方がいらっしゃるのではないか。
また、JACETで4以上だからと言って、トピック関連語であれば無視はできず、後続の授業で説明や特別な注目をしたGlossingが必要かもしれない。
Word partsやカタカナ語を使ったとしても、依然何らかの形で個別に指導する必要はあるだろう(特に発音)。
さらには単語のみならず時には(というか大抵)熟語の導入も必要だ。
また、他のLessonでこううまくはいかない可能性も(しっかりと)ある。

しかしながら、上のように単語の導入にメリハリをつける、というのは大事だと思う。
その結果、最初の授業で導入する単語が減り、一番最初に述べた理想論を現実的にしたと思う。
どっかの本の受け売りだから、更に自信もって言えるのだけども笑

まあ結局は、そのLessonそのLessonにあった対応が肝心なのでしょうね。
とか曖昧なこといって丸く収める戦法。今日はこれで堪忍ということで。ドロン。

2011年9月18日日曜日

これまでの実習を振り返って

教育実習も残り一週となりました。これからの方に反省を生かしていくためにも、あえて今、ここまで学んだことや反省点をまとめておきたいと思います。


今回は、次の5点を主にまとめたいと思います。もちろん他にもたくさんあります。しかし、今は焦点を絞って反省したいと思います。

  1. 生徒を見て授業をする
  2. 宿題は、flexibleなもので、intakeまでされていることが最低条件
  3. 授業の目的をはっきりさせる
  4. 生徒に「教える」ために、教材研究は徹底的に
  5. キカンジュンシの目的
上から順に反省していきたいと思います。陰鬱な反省タイムスタートです。。。

①生徒を見て授業をする
これはまさに当たり前のことですが、今でも完全にできていると思いません。視線はやっていても、「次なんだっけ」とか「本文の内容は…」とか考えていて、上の空になっていることが多いからです。最初のころ、生徒が水を飲んでいたらしいのですが、全く気付きませんでした。右手前の生徒が本当に退屈そうにリピートしているのに最近まで気づきませんでした。生徒の興味が向いているのか観察するために、また向けさせるためにも、これは大事ですね。「前って本当に何でも見えるんだからな」、と心からいえる教師になりたいものです(監視的な意味だけではなく)。

②宿題はflexibleなもので、intakeまでされていることが最低条件
今回、毎回の授業で宿題を出しました。しかし、そのやってこないことやってこないこと。正直生徒の優秀さに甘えていました。モチベーションの高い、低いは本当にまちまちです。ですから、無理に多くをやらせるよりは、少なくとも初めは量や難易度は自由にするべきなのかな、と感じました。また、僕の宿題の出し方が、余りにも自己表現を自由にさせようとするものでした。生徒が何をすればいいのかわからない、単純にキャパオーバーということもあったと思います(辞書などを使ういい機会なのかなと思ったのですが、指導不足でそんなにうまくいきませんでした)。よって、授業で完全に理解させoutputのレディネスができていることが最低条件だと感じました。また、学習段階によって自由度を変える必要ももちろんあるのだと思います。

③授業の目的をはっきりさせる
これは友人の授業を見ていて改めて強く感じたことです。たとえ学ぶことが多い第1学年でも、しっかり授業の目標をとらえさせ、あやふやにしない。そのためにも、フォーカスのきいた授業を組み立てる必要があるなと感じました。

④生徒に「教える」ために、教材研究は徹底的に
この前の授業で、文化や言語に関する授業を行いました。その中で、生徒の興味をひくためにブレインストーミング(もどき)をしたのですが、そこで風呂敷を広げすぎてしまったり、あいまいな知識ゆえに生徒からの予測していなかった反応にきちんと答えられなかった、ということがありました。「嘘」は生徒の信頼を最も失う行為だと感じています。「教える」ためにも、これは大事ですね。

⑤キカンジュンシの目的
これは最初から最後まで難しさを感じました。僕は最初、生徒のころの印象から、ついキカンジュンシを「監視」の面からしか捉えられていませんでした。しかし、実習中いろんな方の授業を見たり考えたりする中で、他にも多くの側面があることに気づきました(これぞかめさんですね。。。)。生徒の理解度を見る、どれくらい終わっているのかを見る、ほめる、フィードバックを与えるなどなど。特に、この前研究授業の際に長期研修の先生がおっしゃっていた、「キカンジュンシは宝探し」という言葉が非常に印象に残りました。


* * *

重ねてにはなりますが、本当に多くの反省点が挙がりました。最後あと少しですが、少しでも多く改善していけたらと思っています。

2011年8月27日土曜日

夏休み:これまでの3つとこれからの3つ

夏休みが始まってから早一ヶ月半経ちました。
昨日まで忙しかったこともあり、今日は生産性0の一日を過ごしてしまいましたが、明日はまた予定がありますし、気合を入れ直さなきゃいけません。
そういう意味でも、これまでの反省と今の自分を見直す、そしてこれからの展望をはかるいいタイミングなのではないかと思いますので、つらつらと書きます。私は夕焼けの柔らかな日差しにうつらうつらしています。

***
<これまでしてきたこと>


①英語教育のお勉強

最近は特に語彙の習得に興味がありましたので、Nation(2009)を暇な時やら電車の中で読んでました。昨日の中央線の中で読了しましたが、研究の書というよりも実践者へのアドバイスを最も意識している感じがしました(と言っても学術書そんなに読んでいるわけじゃないんですけど☆)。

内容と思ったことは近々こちらにまとめたいな、と思っている次第ですが、いかんせん今ちょっとエンジンがかかっていないんでいつになるかわかりません。。。

語彙のことだけでもこれだけ気にしなければいけないことがたくさんあるのだな、という素直な驚き・げろっ、という恐怖が残ったということだけ今書いておきます笑。個人的には「キーワード法」の説明と、「コンテクストから未知語の意味を推測する方法」がまとめてあった点がとても嬉しかった点です。買いものした甲斐がありました。「嬉し買った」です。はい。

そして、大学の授業で「集中演習D」なるものをTAとしてとっていました。クラスでは英語だけしか使えない決まりで、そんな中参加者はスピーチの仕方を学びました。相当タフな授業で、参加者はお昼をとる時間さえないのでは、という勢いの時もありました。しかし、それだけ目に見えて成長を遂げていました。たったの5日間でこれだけ変わるのか、というのが終わってみての正直な感想です。

集中演習で学んだことを3つ程。

  1. 集中的にやるべきことと継続が大事なことがあること
  2. 集中的にやることの効果の絶大さ
  3. 活動の目的の明確化;活動で学んだことがいかにスピーチで使われるのかを意識
そして、これはおまけのようなものですが、自分の作り出す空気の特徴を学んだような気がします。授業者として前に立った時、私は勢いや間で注意をひきつけることができるという自信がつきました。自己への偏見を取り払って、気づきを得ることができたように思います。そういう意味でも、充実した5日間でした。なにより、参加者の充実感が伝わってきたように思います。



②英語を使おうとしてました

最近は、CNN等でニュースを聞いてました。実は今までやっていたことではあったのですが、今まで以上に集中して内容をとろうと思ってやっていました。皮肉にも3.11が理由だったのですが、とにかくアメリカやリビヤの状況にこれまでになく詳しいと思います。

他にもKate ChopinのThe Awakening を読んだりしてました。自分には今はやりの恋物語的な現代小説よりも文学作品の方が性に合ってる気がします。(実は巷で売れているドラキュラ恋物語を英語でよもうとして、途中から恋愛一辺倒な描写になり、倒れそうになって断念した経験があります。。。)

③旧交と新しい出会い

オーストラリアで作った友達の何人かと会いました。あっちでそんなに仲良かったわけでもなかったのに会えたり食事したり、素敵な時間でした。

一人とは何故か秋葉原まで言って同人系のくそげー(といったら怒られるだろうけど笑)の店に入って、どれが一番エロい名前か探したり、何故か秋葉原でダーツバー入ったり、そもそも久しぶりの再会でラーメン食ってたり、楽しかったです。

新しい出会いも僕にしてはそこそこありました。友達の誘いに乗って英語科単身でアジ研の滝サー合宿に参加したり、集中演習期間中にカラオケに行ったり多少無理してでも損得勘定抜きに新しい出会いを大事にしました。

群れるとか傷の舐めあいとか、利益があるとかないとか、世間的にどうだとか優秀な人なのかどうかとか素敵な人かどうかとか。そんなの関係なく、やはり人とのつながりは一つひとつが素晴らしいものだと再認識しました。

④バイトしてました
集中演習期間から行けていないのですが、それまでそこそこに働いていました。そこで感じたことは、生徒との信頼関係がいかに指導に影響するか、そして指導能力がいかに信頼関係に影響を及ぼすかということです。どちらもかけてはならず、相互に影響し合っています。漠然とした像にはなりますが、将来はどちらの資質も備えた教師になることが目標です。

⑤実習準備してました
指導案作るのが大変で家に帰りたくなりました。あ、家で作ってたんですけどね。

⑥ちょっぴり教採の勉強してました

***
★今の自分を振り返ってみると、
①今まで以上に自分の良さが認識できていない気がする(有能感が低い気がする)
②なんだかんだいって英語と教育とがアイデンテティーの一部になっている
③準備不足。。。

***

<夏休み、これからしたいこと>


①英語を使ったバイトまたはボランティア
理想では「バイト」と言いたいのですが、こないだ探したところ「塾」「家庭教師」しか見つかりませんでした。。。あった、と思ったら「正社員」だったりw
実は日暮里の方に良い感じのボランティア先があったので、もしかしたら実習後にそちらでボランティアするかもしれません。

新しい出会いを沢山経験するためにも、英語で何か人の役に立つためにも、是非やりたいと思っています。

②旅行の計画

来年の春ヨーロッパかタイないしシンガポールに行こうと思っています。大学生最後の一人旅になる可能性も高いので、自分探しのためにも是非しっかり準備していい旅をしたいと思っています。

③教採の勉強

ちょいちょいとやってきていたんですが、本格的に。学期始まる前までに教育法規くらいまで手をつけたいたいというのが本音ですが、どうなることやら。

④実習(反省まで)
これはもう言わずもがなですね。一分一秒たりとも無駄にしないように、全身全霊で臨みたいと思っています。自分を知る意味でもいい経験にしたいです。

2011年7月23日土曜日

What is the purpose of activities?

Recently, I started this Blog. And before that, I was writing my ideas on another page, which is kinda closed now.

For almost three years, I've had the habit of night walking. It brings brilliant thoughts to me.

Well, what do I want to say? You'll see in a minute so please keep reading just a bit more.

Yesterday, I was walking at night as usual, and I came up something really important there.
Then I thought like, "Oh OK, I gotta write about this on the blog".
And I just forgot what I wanted to write haha.

To tell you the truth, I used to be able to remember what I thought during night walk three years ago.
However, recently I can not do that.
And I noticed why I can't do that now. Oh, well, it's not aging you know.

I think it's about the motivation. It's the matter of what I aim by thinking.
I started writing and sharing my ideas on some media like blog, papers, and...I don't know.
But anyway, recently I found myself always thinking like, "OK, so the next article is about this".
And seriously, it's not working for me.
Writing and sharing help me to brush up my thoughts, re-think, and find out where I am.
However, it's not my original purpose.
I shouldn't have shifted my original purpose to writing and sharing.
Although I don't stop sharing my thoughts here, because I can manage to bring my aim back to just sharing, brushing up, and making the words not stopping doing this, I definitely have to change something.


And this time, really rare to me, I linked this thought to the class-construction in English Education.
ここのところよく私が意識していたのは、最終的に生徒たちが目標(ゴール)を感じられるような活動の設定をしなければいけない、ということです。
例えば、「ここでこの単語を覚えるのは、後で本文の理解ができるようになるためだ」とか、一番典型的な例(だと私が思うもの)は、「ここでこの文を読む(聞く)のは、後であの表現活動をするためだ」とか。
そのような、生徒が目標というかゴールとして意識する活動みたいなものを設定すべきだ、ということを感じていました。

しかし、それは本当にそうなのでしょうか。生徒は本当にそれを目標としたいのでしょうか。
多分そうではないでしょう。
生徒たちが本当に目指しているのは、言語材料の理解や技能の習得(であるはず)です。
そこで教師が、「後でみんなに発表してもらうから、みんなしっかり練習してね」のような声かけをしても、それはあくまで外発的動機づけにとどまってしまうような気がします。
上の考えと絡めると、つまりここで「目標のすり替え」が起こっている気がするのです。
後の活動が目標であるはずがないのです。そうではなく、理解や習得に目標があるべきです。
そう考えると、ここでの声かけは「しっかり発表する力をつけて、堂々と発表できるようになるように、しっかり練習しようね。後で実際に発表する機会もあるからね。」のようになるのでしょう。

I think I ended up writing really messy ideas here, but I think it is really important to keep thinking about it. I really feel so.

2011年7月10日日曜日

語彙指導サンプル問題①+意識したこと

夏に後輩何人かを集めて、「単語学習の会」(と言ってもネット上の会なので物理的には会わない、笑)を開こうと思っています。
そこでは、私が最近読んだ本に書いてあったアイディア+自分のアイディアを使おうと思っています。
つまり、まず私がサンプル問題を作り、それに沿って自分達で単語学習用の問題を作り合って、それを解きあう。
そうやって、語彙を増やしていこうというもくろみです。




下に、そのサンプル問題と、後輩たちに送る狙いをまとめたものを載せます。


* * *


2011/7/10
Vocabulary

(Passage)
European Union leaders have agreed to amend the EU's passport-free zone to allow countries to impose inspections at borders in emergency cases.
The move comes in response to the influx of migrants from politically unstable North Africa to Europe.
Since January, about 40,000 people have crossed the Mediterranean into Italy to flee the unrest in Libya and Tunisia. Many of them entered France, causing disputes over border controls among EU member nations.
At the EU summit in Brussels on Friday, the leaders agreed to partially amend the Schengen border treaty governing free travel within Europe.
The measure will allow countries to resume border controls temporarily when they face a greater number of migrants.
European Council President Herman Van Rompuy said the resumption of border controls is only a last resort and will not undermine the core Schengen principle of free movement, which he called a fundamental right of citizens.
(ニュースで英会話 07月07の放送より抜粋 )


A. Unrest noun /ʌnˈrest/
> un-(prefix)+rest(suffix)
 
e.g. 1. It is feared that the civil unrest we are now witnessing in this country could lead to full-scale civil war.
      2. This condition, known as social unrest, can lead to outbursts of violence.
      3. ...anti-government unrest that ended with the violent army crackdown. (*crackdown=strong punishment on those who have broken the law)

Please guess which is the meaning for this word!!
  1. 平穏、平和
  2. 心配、騒乱、社会的騒乱




Definition!!
disagreements or fighting between different groups of people
(Cambridge Dictionaries Online)

B. Undermine verb /ˌʌn.dəˈmaɪn/
> under-(prefix)+mine(suffix)
e.g. 1. The President has accused two cabinet ministers of working secretly to undermine his position/him. (*cabinet= a group of the most senior ministers in a government, who meet regularly to discuss policies)
     2. Criticism just undermines their confidence.
     3. She felt undermined by the implied criticism.

Can you guess which is the meaning for this word?
  1. ~を過小評価する、~をみくびる
  2. ~を卑劣に攻撃する、(名声などを)傷つける




Definition!!
to make someone less confident, less powerful or less likely to succeed, or to make something weaker, often gradually
(Cambridge Dictionaries Online)

















Answers for questions: A. 2, B. 2




* * *


★このVocabulary Sheetの効用というか理論的背景☆


このVocabulary Sheetは、最近私が読んだ語彙習得の本の中で、クラスじゃなくって自習するようなかたちで使えるな、っていうアイディアをちょっくら拝借(w)してつくりました♪自分でも少しアレンジも加えています!!ので、どのくらい成功するかは果てしなく謎ですww


ここではそのアイディアというか理論的背景を説明していきたいと思います!! :)




  1. 語彙の獲得は、同じ語を最低6回は異なる文脈で観ることが必要!!
これは語彙習得の権威であるNationさんをはじめいろんな人が提唱している考え方です。彼と何人かの研究者の実験結果から、同じ語を2、4回違う文脈でみるのと6回違う文脈でみるのでは、習得の結果に大きな違いがあるということがわかりました。

本Vocabulary Sheetでも、なるべく多くの違う例文に触れてもらうことによって、この「回数の壁」を越えようとしています。また、抜粋元の長文をのせ、そのあとで単語を切り取って説明するという工夫も、異なるかたちで提示することを意識しました!!b

2. 処理の深さがキーポイント!!
語彙の習得では、より深いレベルでの処理をすることが大事だと言われています。うーん、深い処理って何ぞや??

門田・池村(2006)に、「処理水準モデル」という認知処理モデルの説明があります。
処理水準モデル(level of processing)は認知過程がいくつかの水準の処理からなり、ある項目に対する処理の水準が深いほどその項目の記憶が強固になることを仮定する。

この本ではこの理論の妥当性を説明する研究として、ある実験の結果を説明しています。その実験では、単語の形やスペルを意識したり、発音をしてみるなどの浅い処理よりも、意味を考えさせるような深い処理をした時の方が単語の記憶が良かった、という結果が出たそうです。ほーう。
本Vocabulary Sheetでは、初めから意味を出さずに、まずはなん文かの例文をみて、意味を推察してもらいます。そうすることで、意味のレベルでの深い処理をしてもらおうというのが狙いです。

3. スキーマの活性化!!
「スキーマ」の言葉にもううんざり、という方々、ごめんなさい笑。語彙の分野でも、スキーマの活性化だいじっしょ!!って声があります。というか、語をネットワークの中に組み込んで、すでにしっていることや、thematic clusterによってまとめることの重要性が言われています。ということで、単語に行く前に長文の中で読んでみると、おぼえたい単語が自分が知っていることとか、長文のテーマに関連付けされて覚えられます。ということは、長文は自分がある程度知っていることとか興味があることについてだといいかもしれませんね!!また、長文以外にも、自分の昔の経験とかそういうことを思い出してみることもいいようです♪(あのときこうだったなあ、これがおこったからおれはunderminedになっちゃったんだなぁ、とかw)

4. 語が持っている情報は、意味、音、文法!!
語が持っている情報は、意味情報、音韻情報、統語情報の3つなんだといわれているそうです。よって、①発音チェックは大事ですね②意味は大事ですね③どんな使い方をされるのか(動詞だったら目的語とれるか、それは人か物か、ingかto不定詞かみたいなものですね)も大事ですね。あたりさわりのないことを言いましたねw
ちなみに、派生語や語の成り立ち(語根、接頭辞【un-,in-,under-等】、接尾辞【-sion. -ate, tion,等】)のチェックは意味・統語的な観点から必要だと思われます。




はい、ながくなりましたね(-_-;)そして、少し難しい話も出てきちゃいました。。。ただ、それぞれかみくだいて簡単な説明も加えておいたつもりです♪ので、こだわらずに、分かりのいいところだけ読んでくださればと思います!!

本Vocabulary Sheetを使う・作るときには、ここで書いたことを意識してみてください。すると、力が付いていくことを実感できると思います♪


2011年7月10日
スモーラー


参考文献
望月正道・相沢一美・投野由紀夫.(2003).「英語語彙の指導マニュアル」.大修館書店
門田修平・池村大一郎(編著).(2006).「英語語彙指導マニュアル」.大修館書店

* * *


てな感じです。
まだまだ勉強中の身なので、つっこみどころも多いかと思います。なので、後輩たちのフィードバックを受けながら、実践的に洗練していけたらと思っています。

2011年6月19日日曜日

2年の時のデータ

たった今、2年の時(つまり去年)の英語科教育法での比較導入MTの音源を聴いてみた。
名前をアルファベットでつけてたり、絵もめちゃくちゃなの持っててたりしたなあ。
まあそういえばあの時は、良く自分の狙いが分かってもらえてなかったりもしたし、
結構落ち込んだ覚えがある。だから今ゼミやってるってのもあるし。

でも、自分さらっと二個、いいこと言ってた。
一つに絞ってやりたかった、っていうのと、興味・関心が引き付けたかった、っていうの。
なんか不満な、っていうか、よくわかんねえぞ、みたいな声が上がってたけど、そこは良く言った俺、って思った。

最近よく思うのだけど、自分は大学入った時の英語教育への不満とか、高校時代の不満とか、こうしたい、っていう思いとかを、結構忘れてしまった気がするなあ。
自分ひとりの不満や理想論で授業したいとは思わないけど、でも、あのとき抱いてた「こうしたい」とかっていう野望は、絶対失っちゃいけないと思う。そっから俺はスタートしたんだ。

昔のデータは、自分のスタート地点と野望を思い出させてくれた。俺は絶対、学習者に寄り添いきって見せる。