たった今、2年の時(つまり去年)の英語科教育法での比較導入MTの音源を聴いてみた。
名前をアルファベットでつけてたり、絵もめちゃくちゃなの持っててたりしたなあ。
まあそういえばあの時は、良く自分の狙いが分かってもらえてなかったりもしたし、
結構落ち込んだ覚えがある。だから今ゼミやってるってのもあるし。
でも、自分さらっと二個、いいこと言ってた。
一つに絞ってやりたかった、っていうのと、興味・関心が引き付けたかった、っていうの。
なんか不満な、っていうか、よくわかんねえぞ、みたいな声が上がってたけど、そこは良く言った俺、って思った。
最近よく思うのだけど、自分は大学入った時の英語教育への不満とか、高校時代の不満とか、こうしたい、っていう思いとかを、結構忘れてしまった気がするなあ。
自分ひとりの不満や理想論で授業したいとは思わないけど、でも、あのとき抱いてた「こうしたい」とかっていう野望は、絶対失っちゃいけないと思う。そっから俺はスタートしたんだ。
昔のデータは、自分のスタート地点と野望を思い出させてくれた。俺は絶対、学習者に寄り添いきって見せる。
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