2011年10月30日日曜日

ふわっと豆腐論、採用

いつか哲学の本に、「哲学とは本質を切り取ったもの」という記述がありました。(多分)

そうやってキッチリと言葉にして、後世に残ります。

するとそれが多くの批判にさらされ、少しづつ形を変え、

より多くの「事例」に当てはまるように書きかえられます。

その最後の「とりあえずこれが今のベスト論」が、哲学ということでしょうか。(完全なる持論)






さて、それは全ての学問に当てはまるのではないでしょうか。(完全なる持論)

科学の例がよく引き合いに出されますが、

ニュートン力学は「世界を記述する」理論として謳歌していたわけですが、

アインシュタインの理論がより多くを説明可能にしたことから、「第一線をおひき」になった。
(それでも使える限りでは簡便に住む前者が使われるそうですね)

言葉にしてキッチリと残しておくと、それを批判して、改善してくれる人が(自分含め)出る。

まるで鍛冶屋が刀を何度もたたくように、洗練していく。

その批判の歴史、改善の年月が、学問の立つところなのでしょう。それはまさしく権威です。


(上のは全て持論。。。)

* * *

私は、「キッチリ鍛冶屋論」を破棄し、「ふわっと豆腐論」を採択します。

私は、学問をつくれません。

でも、私は私を生かしていきます。それが仕事です。

私自身がよって立つところは、角々しくない、リロンブソーもない、

高くもない、ノイズもない、固くもない、

苦しくない、そういうところがいいです。

「叩いて曲げる」のではなく「ふわっと包んでとりだ」したいのです。

それはふわっとした豆腐を包み込むような、


夏の日の午前二時に、雨の後、生ぬるい匂いのする木漏れ日の中を歩いている時のような、暖かくな眼差しのような世界観だと思います。

2011年10月23日日曜日

生命力

風邪ですね。


薬も飲んで、漢方なんかも頂いたりして。


でも結局風邪を治すのは体なんですの。



無意識に熱をあげて、無意識に咳をして


体君は、本当によくできてますなあ。

2011年10月16日日曜日

ROSVと今後の課題

ROSV(Reflection on Summer Vacation)です。
すみません、最近「何でも頭文字取りたがり病」なんです。

世間広しといえども、うちの大学ほど長い夏休みも珍しいでしょう。
ので、しっかりと反省、今後の課題をまとめておきたいと思います。

…ええ、口調からもわかるかもしれませんが、かなり思いつきで行かせていただきますよ笑


「○○やった」形式はあまり生産的でないので、
①何を得たか
②何が課題か
③具体的に何をしていきたいか
の3本立てで行きますよ。れっつごー。


- 教育実習で、初めて教壇の前に立ちました
①とても新鮮な経験でした。生徒は教室でどんな生物なのか少しわかりました。笑
②と同時に、こういった生の経験がまだまだ足りないと実感。。。やはり生きた授業をその場で、大きな最終的な目標や授業観を聞きながら視聴する、または組み立てるという経験が、これからもっと必要だなと感じました。
③また実習行きたいです(終電はもう嫌ですが笑)が、そんなことはできないので、また学校ボランティアに行きたいです。地元の市で見つけられれば楽なのですが、難しそうなので、大学経由ですかね。。。

- 考えることの大事さ
①教育実習中や時間のある夏休みに何をしていくかなど、考えたときに全てに対して「目的」をしっかりと考えて、組み立てていくこと。
③後期、小免組もかなり暇になりそうです。ボランティア、+αの授業、バイト、教採の勉強、英語の勉強、韓国語の勉強などなど、具体的にどんな配分で、どんなスタンスでこなしていくのかを考えていきたいですね。

- 知を得る→判断、行動に積極的に役立てていくことの大事さ
①大切ですね
②足りてませんでしたね
③とりあえず輪廻転生から解脱したいと思います!

後は確か実習前に振り返りをした気がするので、とりあえずこんな感じでしめます。

2011年10月10日月曜日

Not only learn; but ACT on it

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瀧本哲史先生の『武器としての決断思考』、非常に勉強になりました。
今日は先生の教えの中で特に今の私が「タメになった!!」と興奮した教えを紹介させてください。


それは、「教養は使って初めてナンボ」ということです。
(先生はこのような言い回しはしていません。また、私がこう解釈した、ということです。「そんなこと書いてなかったわい!!」という方、非常にごめんなさい。著者にもごめんなさい。。。)


今思うと、大学三年間、いろいろなことに首を突っ込んできました。
初まりは構造主義。それから哲学、NLP、インド哲学、仏教、フロイト心理学、ラーメン、空の思想、論理学などなど…なんか変なの混じってました?

しかし、私は一体この中のどれを武器にできて、どれを考え方の基盤とできたのでしょうか。
一体どれくらいがただの知識、うんちくになってしまったのでしょうか。。。

僕は今まで、謙虚で、学び続けなければならないと感じていました。
だから、一つの考えに固執するのではなく、多様な考えを取り入れたい、受け入れられる人間になりたいとも思っていました。

ただ、私はそれを今まで答えを出さない、考えない口実にしていたような気がします。
自分の考える方略をしっかりと持ち、筋道を持って自分なりの結論を出す。
そして、その際に著者が説いている「ディベート思考」や、私が今まで学んできた上にある多様な考え方や観点が役に立つのでしょう。
知識を力に。力を人生に。その時初めて教養が実を結ぶのでしょう。
それが「学ぶ」ということなのでしょう。
その大切さを学んだ気がします。

2011年9月18日日曜日

これまでの実習を振り返って

教育実習も残り一週となりました。これからの方に反省を生かしていくためにも、あえて今、ここまで学んだことや反省点をまとめておきたいと思います。


今回は、次の5点を主にまとめたいと思います。もちろん他にもたくさんあります。しかし、今は焦点を絞って反省したいと思います。

  1. 生徒を見て授業をする
  2. 宿題は、flexibleなもので、intakeまでされていることが最低条件
  3. 授業の目的をはっきりさせる
  4. 生徒に「教える」ために、教材研究は徹底的に
  5. キカンジュンシの目的
上から順に反省していきたいと思います。陰鬱な反省タイムスタートです。。。

①生徒を見て授業をする
これはまさに当たり前のことですが、今でも完全にできていると思いません。視線はやっていても、「次なんだっけ」とか「本文の内容は…」とか考えていて、上の空になっていることが多いからです。最初のころ、生徒が水を飲んでいたらしいのですが、全く気付きませんでした。右手前の生徒が本当に退屈そうにリピートしているのに最近まで気づきませんでした。生徒の興味が向いているのか観察するために、また向けさせるためにも、これは大事ですね。「前って本当に何でも見えるんだからな」、と心からいえる教師になりたいものです(監視的な意味だけではなく)。

②宿題はflexibleなもので、intakeまでされていることが最低条件
今回、毎回の授業で宿題を出しました。しかし、そのやってこないことやってこないこと。正直生徒の優秀さに甘えていました。モチベーションの高い、低いは本当にまちまちです。ですから、無理に多くをやらせるよりは、少なくとも初めは量や難易度は自由にするべきなのかな、と感じました。また、僕の宿題の出し方が、余りにも自己表現を自由にさせようとするものでした。生徒が何をすればいいのかわからない、単純にキャパオーバーということもあったと思います(辞書などを使ういい機会なのかなと思ったのですが、指導不足でそんなにうまくいきませんでした)。よって、授業で完全に理解させoutputのレディネスができていることが最低条件だと感じました。また、学習段階によって自由度を変える必要ももちろんあるのだと思います。

③授業の目的をはっきりさせる
これは友人の授業を見ていて改めて強く感じたことです。たとえ学ぶことが多い第1学年でも、しっかり授業の目標をとらえさせ、あやふやにしない。そのためにも、フォーカスのきいた授業を組み立てる必要があるなと感じました。

④生徒に「教える」ために、教材研究は徹底的に
この前の授業で、文化や言語に関する授業を行いました。その中で、生徒の興味をひくためにブレインストーミング(もどき)をしたのですが、そこで風呂敷を広げすぎてしまったり、あいまいな知識ゆえに生徒からの予測していなかった反応にきちんと答えられなかった、ということがありました。「嘘」は生徒の信頼を最も失う行為だと感じています。「教える」ためにも、これは大事ですね。

⑤キカンジュンシの目的
これは最初から最後まで難しさを感じました。僕は最初、生徒のころの印象から、ついキカンジュンシを「監視」の面からしか捉えられていませんでした。しかし、実習中いろんな方の授業を見たり考えたりする中で、他にも多くの側面があることに気づきました(これぞかめさんですね。。。)。生徒の理解度を見る、どれくらい終わっているのかを見る、ほめる、フィードバックを与えるなどなど。特に、この前研究授業の際に長期研修の先生がおっしゃっていた、「キカンジュンシは宝探し」という言葉が非常に印象に残りました。


* * *

重ねてにはなりますが、本当に多くの反省点が挙がりました。最後あと少しですが、少しでも多く改善していけたらと思っています。

2011年8月27日土曜日

夏休み:これまでの3つとこれからの3つ

夏休みが始まってから早一ヶ月半経ちました。
昨日まで忙しかったこともあり、今日は生産性0の一日を過ごしてしまいましたが、明日はまた予定がありますし、気合を入れ直さなきゃいけません。
そういう意味でも、これまでの反省と今の自分を見直す、そしてこれからの展望をはかるいいタイミングなのではないかと思いますので、つらつらと書きます。私は夕焼けの柔らかな日差しにうつらうつらしています。

***
<これまでしてきたこと>


①英語教育のお勉強

最近は特に語彙の習得に興味がありましたので、Nation(2009)を暇な時やら電車の中で読んでました。昨日の中央線の中で読了しましたが、研究の書というよりも実践者へのアドバイスを最も意識している感じがしました(と言っても学術書そんなに読んでいるわけじゃないんですけど☆)。

内容と思ったことは近々こちらにまとめたいな、と思っている次第ですが、いかんせん今ちょっとエンジンがかかっていないんでいつになるかわかりません。。。

語彙のことだけでもこれだけ気にしなければいけないことがたくさんあるのだな、という素直な驚き・げろっ、という恐怖が残ったということだけ今書いておきます笑。個人的には「キーワード法」の説明と、「コンテクストから未知語の意味を推測する方法」がまとめてあった点がとても嬉しかった点です。買いものした甲斐がありました。「嬉し買った」です。はい。

そして、大学の授業で「集中演習D」なるものをTAとしてとっていました。クラスでは英語だけしか使えない決まりで、そんな中参加者はスピーチの仕方を学びました。相当タフな授業で、参加者はお昼をとる時間さえないのでは、という勢いの時もありました。しかし、それだけ目に見えて成長を遂げていました。たったの5日間でこれだけ変わるのか、というのが終わってみての正直な感想です。

集中演習で学んだことを3つ程。

  1. 集中的にやるべきことと継続が大事なことがあること
  2. 集中的にやることの効果の絶大さ
  3. 活動の目的の明確化;活動で学んだことがいかにスピーチで使われるのかを意識
そして、これはおまけのようなものですが、自分の作り出す空気の特徴を学んだような気がします。授業者として前に立った時、私は勢いや間で注意をひきつけることができるという自信がつきました。自己への偏見を取り払って、気づきを得ることができたように思います。そういう意味でも、充実した5日間でした。なにより、参加者の充実感が伝わってきたように思います。



②英語を使おうとしてました

最近は、CNN等でニュースを聞いてました。実は今までやっていたことではあったのですが、今まで以上に集中して内容をとろうと思ってやっていました。皮肉にも3.11が理由だったのですが、とにかくアメリカやリビヤの状況にこれまでになく詳しいと思います。

他にもKate ChopinのThe Awakening を読んだりしてました。自分には今はやりの恋物語的な現代小説よりも文学作品の方が性に合ってる気がします。(実は巷で売れているドラキュラ恋物語を英語でよもうとして、途中から恋愛一辺倒な描写になり、倒れそうになって断念した経験があります。。。)

③旧交と新しい出会い

オーストラリアで作った友達の何人かと会いました。あっちでそんなに仲良かったわけでもなかったのに会えたり食事したり、素敵な時間でした。

一人とは何故か秋葉原まで言って同人系のくそげー(といったら怒られるだろうけど笑)の店に入って、どれが一番エロい名前か探したり、何故か秋葉原でダーツバー入ったり、そもそも久しぶりの再会でラーメン食ってたり、楽しかったです。

新しい出会いも僕にしてはそこそこありました。友達の誘いに乗って英語科単身でアジ研の滝サー合宿に参加したり、集中演習期間中にカラオケに行ったり多少無理してでも損得勘定抜きに新しい出会いを大事にしました。

群れるとか傷の舐めあいとか、利益があるとかないとか、世間的にどうだとか優秀な人なのかどうかとか素敵な人かどうかとか。そんなの関係なく、やはり人とのつながりは一つひとつが素晴らしいものだと再認識しました。

④バイトしてました
集中演習期間から行けていないのですが、それまでそこそこに働いていました。そこで感じたことは、生徒との信頼関係がいかに指導に影響するか、そして指導能力がいかに信頼関係に影響を及ぼすかということです。どちらもかけてはならず、相互に影響し合っています。漠然とした像にはなりますが、将来はどちらの資質も備えた教師になることが目標です。

⑤実習準備してました
指導案作るのが大変で家に帰りたくなりました。あ、家で作ってたんですけどね。

⑥ちょっぴり教採の勉強してました

***
★今の自分を振り返ってみると、
①今まで以上に自分の良さが認識できていない気がする(有能感が低い気がする)
②なんだかんだいって英語と教育とがアイデンテティーの一部になっている
③準備不足。。。

***

<夏休み、これからしたいこと>


①英語を使ったバイトまたはボランティア
理想では「バイト」と言いたいのですが、こないだ探したところ「塾」「家庭教師」しか見つかりませんでした。。。あった、と思ったら「正社員」だったりw
実は日暮里の方に良い感じのボランティア先があったので、もしかしたら実習後にそちらでボランティアするかもしれません。

新しい出会いを沢山経験するためにも、英語で何か人の役に立つためにも、是非やりたいと思っています。

②旅行の計画

来年の春ヨーロッパかタイないしシンガポールに行こうと思っています。大学生最後の一人旅になる可能性も高いので、自分探しのためにも是非しっかり準備していい旅をしたいと思っています。

③教採の勉強

ちょいちょいとやってきていたんですが、本格的に。学期始まる前までに教育法規くらいまで手をつけたいたいというのが本音ですが、どうなることやら。

④実習(反省まで)
これはもう言わずもがなですね。一分一秒たりとも無駄にしないように、全身全霊で臨みたいと思っています。自分を知る意味でもいい経験にしたいです。

2011年8月11日木曜日

The best way of communication?

Sometimes, we want to persuade people that we are right.
In order to do so, we try to be logical.
And in this case, we want to deliver only what we mean.
In other words, we don't want others to expand what we've said.

Sometimes, we want to entertain others by our words.
In order to do so, we try to use ambiguous words or to imply many things in our words.
And in this case, we want to deliver not only what we want to but what we don't really mean.
Strictly speaking, we want people to understand those words in their own way.
In other words, we might encourage people to expand what we've said according to their own lives.

Even only this proves that there is no such a thing as the best way of communication.
Your way of communication is what you've got and often leads to what you want to get in the relationships.
There are heaps of information about ways of communication: this says this, and that says that.
Don't care and follow what you really think is important in communication.
At least, I'll follow this because my way of communication is what I've got through my life so far, which has given a lot of benefit to me.